北海道の歴史

北海道の歴史
北海道(ほっかいどう、英: Hokkaido)は、日本の北海道地方に位置する道であります。日本列島を構成する主要4島のひとつで、日本の北部に位置する島で道庁所在地及び最大の都市は札幌市となります。

47都道府県中唯一の「道」である。ブランド総合研究所による「都道府県の魅力度ランキング」で2019年現在、11年連続で1位に選ばれ、観光意欲度、産品購入意欲度も1位、居住意欲度でも3位となっており、各方面で高い評価を得ています。


<歴史>
北海道は、かつて蝦夷地(えぞち)と呼ばれ、13世紀頃から本州の江戸時代にかけては先住民アイヌ民族独特の文化の時代が続いていました。

明治2年(1869)、箱館戦争が終わると新政府は蝦夷地を北海道と改名し、開拓使を設置。 明治7年(1874)には屯田兵制度を設け、北海道の開発に着手しました。

江戸から明治に至るまでの松前藩政時代、道南エリアを中心に、文化や商業が著しく発展していきます。また、この頃から諸外国からの圧力がいよいよ本格化し、幕府もその攻防としてさまざまな警護体制にあたります。

その後は開国、大政奉還、明治維新などといった大きな時代の節目を迎えることになり、北海道もこの時代の流れに翻弄されることになります

明治新政府の誕生によって、国策が一変。欧米諸国に追いつけ追い越せ、時代は近代化に向けて動き出します。

没落士族の救済、北方警備、資源開発などの動機から、新政府は開拓使を設置し、北海道の開拓を本格的に推進。本拠地を函館から札幌へと移し、集団移住者や屯田兵、海外から専門家を招いたことで、農業、加工業、建築、製鉄などが発達しました。

同時に、開拓技術者の養成、西洋式農業の導入によって、さらなる北海道の近代化を飛躍させます。

江戸末期の動乱、開国、明治新政府の方針によって、北海道は飛躍的な発展を遂げることになります。道内各地には、西洋文化や技術の流入により近代化を遂げた「開拓の象徴」、それに伴う「繁栄の象徴」として、旧道庁赤レンガや時計台といったさまざまな様式の歴史的建造物が残されています。


それらはどれも紆余曲折を経て現在の佇まいへと姿を変えており、景観や建築美とともに、激動の時代背景、栄枯盛衰に想いを馳せるのも一興です。

<名前の由来>
北海道という名前の由来は、1855年に江戸幕府から蝦夷御用御雇に抜擢された松浦武四郎が蝦夷地を踏査し、「東西蝦夷山川地理取調図を出版しました。のちの明治2年(1869年)6月に「蝦夷開拓御用掛となり、蝦夷地に「北海道」(当初は「北加伊道」)と命名しました。



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